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大阪高等裁判所 昭和63年(う)1099号 判決 1989年7月18日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、検察官丸谷日出男作成の控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人伏見禮次郎及び被告人本人作成の各答弁書に記載のとおりであるから、これらを引用する。

論旨は、原判決が、本件殺人未遂の公訴事実につき、被告人の確定的殺意を認定せず、未必的殺意を認めるにとどめ、かつ、共犯者Bとの共謀を認定せず、被告人の単独犯行と認めたのは、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認であるというのである。そこで、以下検討する。

一  まず、本件殺人未遂の公訴事実は、「被告人は、山口組系甲川組組員として、ダフ屋をしていたものであるが、同業のLことM(当三七年)及びその兄Nの両名にかねて不満をもっていたところ、両名が右甲川組内甲山組の組長らの悪口を言った上、右甲山組組長を殴打したことに憤激し、右Mを殺害しようと企て、同組組員であるBらと共謀の上、昭和六二年九月三〇日午後一一時四〇分ころ、大阪市住之江区《番地省略》丙田第三住宅一棟○○○号室のM方に押しかけ、同所前通路に呼び出した同人に対し、殺意をもって、木工用ナイフで、同人の左右胸部を各一回突き刺し、更にその咽喉部を洋傘で突き刺したが、同人が病院に搬送されて治療を受けたため、加療一二二日間を要する胸部刺創、頸部切創等の傷害を負わせたにとどまり、殺害の目的を遂げなかったものである。」というのである。

二  次に、右公訴事実につき、原判決が「罪となるべき事実第一」及び「事実認定の補足説明」において認定した事実は、おおよそ次のとおりである。

すなわち、①被告人は、山口組系甲川組内甲山組組員として、いわゆるダフ屋をしていたが、同業の右甲川組内甲丘組組員LことNとはかねてより商売の場所を巡って争いがあり不満を持っていたところ、昭和六二年九月三〇日午後四時ころ、甲山組組員のOらを連れて大阪市西区所在の大阪厚生年金会館に行き、入場券を売るなどし、同日午後五時ころ同会館内で食事をしていた際、同会館前付近でダフ屋の商売をしていたNがOに対し、甲川組内甲山組組長ちの悪口を言ったことから、Oと、N及び同人の弟のLことM(当時三七歳。以下、被害者という。)との間で喧嘩になり、OがNらに殴打された。これを聞き付けた被告人は、当時親しく交際していた右甲川組組員のBと共に駆け付けてその場を一応収めたうえ、知り合いのP運転の自動車でO、Bらと堺市引野町所在の甲山組事務所に引き上げた。②被告人らは、同事務所でNらの悪口を言い合っていたが、そのうちOが「辛抱たまりませんわ」などと訴えたため、同日午後一〇時ころ、同所において、被告人とBとの間で、Nに仕返しをしようと話がまとまり、被告人は用意した木工用ナイフ二本のうち一本をBに手渡した。③しかし、被告人もBも、N方を知らなかったため、弟の被害者方を知っているPに道案内を頼み、被害者からNの住所を聞き出すことにして、P運転の自動車で被害者方に向かった(被害者を呼び出して無理やりにでも自動車に乗せN方へ案内させようと計画した。)④被告人らは、被害者方に向かう途中、Bの女友達が働くキャバレーに立ち寄ったが、その際、Bは被告人に内緒で右ナイフを女友達に渡した。⑤被告人らは右キャバレーを出て、被害者方に向かう車中で、同日夕刻のいざこざに関与しなかったPが被害者の呼び出し役をすることに決めた。⑥被告人らは、同日午後一一時三〇分ころ、公訴事実記載の丙田第三住宅一棟○○○号室の被害者方に到着し、Pが被害者を同室前通路に呼び出そうとしたが、被害者が隠れていたBに気付き、室内にいた妻に向かい「出刃持ってこい」と叫び、PやBが引きずり出そうとするのに対し、洋傘で抵抗しようとしたこと(この時、Bは被告人に加勢を頼んでいる。)などから、被告人は、自己の弟分であるOを殴った上、素直に出てこようとしない被害者に対し憤激し、同日午後一一時四〇分ころ、同室前通路において、Bに後ろから身体を掴まれている被害者に対し、同人が死亡するに至るかもしれないことを認識しながら、あえて、所携の木工用ナイフ(刃体の長さ約八センチメートルで、十分な殺傷能力がある。)で前からいきなり体当たりするようにして同人の左胸部を一回突き刺し、更に、同住宅一階玄関ホールにおいて、一旦倒れたがなんとか立ち上がった被害者の右胸部を右ナイフで一回突き刺したが、同人が病院に搬送されて治療を受けたため、加療一二二日間を要する左右胸部刺創等の傷害(特に右胸部の刺創は、深さ約五センチメートルで胸腔内にまで達している。)を負わせたにとどまり、殺害の目的を遂げなかった。以上のとおりである。

そして、原判決は、被告人の殺意を争う弁護人の主張に対し、⑦本件凶器の性能、創傷の部位・程度、被告人の攻撃態様、犯行当時の被告人の憤激の心情などを合わせ考察すると、被告人に未必の殺意があったことを優に認定できる旨説示し、被告人の右犯行は事前の確定的殺意及びBとの共謀により行われた旨の検察官の主張に対し、⑧被告人がもともと不満を抱いていたのはNであって被害者ではなく、甲山組事務所内で被告人とBが話し合った内容も、Nに攻撃を加えることであり、被告人は、Nに対しては格別、被害者に対しては予め殺意を有していなかったものと認められ、これと異なる被告人の捜査段階における供述部分は措信できず、⑨Bは、被告人がナイフで被害者を突き刺す直前に、同人の身体を掴んで被告人に加勢を頼んでいるが、Bも、被告人と同様にもともとNに対し反感を抱いていたにすぎないし、前記④のとおりナイフを女友達に始末させていることなどからすると、B自身は、Nに対してさえ殺意を有していなかったとみるべきであるから、たとえ、犯行現場で被害者を引きずり出そうとして抵抗され、同人に立腹したとしても、Bにおいて、被告人が殺意をもってナイフで被害者を突き刺すことまでを認容していたものとするには躊躇せざるをえず、これと異なる被告人及びBの捜査段階における各供述部分は措信できず、現場におけるBとの黙示の殺人の共謀も認められない旨説示している。

三  これに対し、所論は、右①ないし⑥の事実を前提としたうえで(但し、⑥の被告人の殺意が未必的であるという趣旨の部分を除く。)、主として、原判決が⑧⑨において措信できないとした被告人及びBの捜査段階における各供述部分に依拠し、更に、(イ) ①に関しては、被害者はNの弟であり、しばしばダフ屋を手伝うなどして同人と行動を共にしているうえ、Oとの喧嘩の際、自らも同人に暴行を加えており、かつ、被告人らに対し「お前ら今度どこで会うても喧嘩やで」などと怒声を浴びせるなどしており、被告人及びBらは、Nのみならず被害者に対しても激しい憤りの念を持っていたという事実、(ロ) ③の機会に、被告人がBに「反抗して来たら弟(被害者)をやってしまおう」などと持ちかけ、Bもこれに同意しており、被告人とBの間において、被害者が被告人らの要求するN方への道案内に応ぜず抵抗して来たような場合には被害者をも殺害する旨の共謀も成立している事実、(ハ) Bは、④のキャバレーにおいて女友達に対し「もう会われへんようになる」などと別れを告げている事実、(ニ) Bは④のとおりナイフを処分したとはいえ、⑤の車中において、被告人が別にもう一本のナイフを隠し持っていることを察知している事実、(ホ) ⑥の本件犯行の際、被告人が、被害者を殺害する意図で、その胸部・腹部を狙ってナイフで攻撃した事実、(ヘ) ⑥の本件犯行の際、Bも、被告人の殺意を知りつつ、その一回目の刺突を容易ならしめる行為をし、更に、被告人がナイフで被害者の左胸部を刺突したことを認識していながら、被害者を手挙で殴打あるいは足蹴にするなどの暴行を加えており、自らも殺意を有していた事実、をそれぞれ認めるべきであり、これらの事実をも加えると、被告人の本件殺人未遂の犯行は、予めBと共謀を遂げた上での確定的殺意に基づく犯行と認めるべきであるというのである。

四  記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して、右所論について検討を加える。

1  関係証拠上、右(イ)の事実は、これを認めることができるが、この事実からは、被告人やBが被害者の殺傷をも企てる動機がないではないといえるだけである。(ロ)の事実については、被告人が捜査段階の一時期(その司法警察員に対する昭和六二年一〇月二七日付、同月二八日及び検察官に対する同月二九日付各供述調書)において、これに沿う供述をしているのみであり、Bは捜査段階を含め一度もこのような供述はしていないし、他にこの事実を推認させるような証拠はない。被告人は、本件犯行後しばらく身を隠し、同年一〇月一二日に進んで警察に出頭したものであるが、その間にBと打ち合わせるなどしてPをかばう決心をしており、そのため、その捜査官に対する初期の供述には、現場にはいわゆる白タクでいったなどという作り話がかなり多く混入されており、その後も供述に多くの変遷が見受けられ、右各供述調書においても、Pの関与は認めているものの、証拠上、Pのしわざであることが明白である洋傘による被害者の咽喉部の刺突についても、自分がこれをした旨供述するなどしている(これ以前には、洋傘による刺突はBがしたとも供述していた。)ことにかんがみると、被告人の前記供述部分をたやすく措信することはできない。また、仮に、(ロ)のような事実があったとすれば、Pもこれを聞知しているのが自然であると思われるが、同人はそのような供述をしていないし、本件につき単なる傷害事件として略式起訴され、罰金刑が確定している(なお、原判決は、被害者が洋傘で刺突された事実自体が疑わしいとしているが、これは明白な誤りというべきである。しかし、Pによる洋傘での刺突行為は、被告人のナイフでの二回の刺突行為の後になされたものであり、論旨も、原判決がPとの共謀を否定した点は特に争っていない。)。(ロ)の事実は、これを認めることができない。そして、証拠上、本件当日の夜甲山組事務所に集まった被告人らが報復の対象として話し合ったのは主としてNであり、被害者方へ赴くようになったのは同人にN方を聞き出そうと考えたことがそのきっかけとなったことが明らかである(前記②③参照)。したがって、被告人が、本件現場に赴く以前に、Nに対する殺意はともかく、被害者の出方次第という条件付であるにせよ被害者に対する殺意まで有していたと認めるに足りる証拠はないというべきである。これと同旨の原判断は相当である。

2  Bに関しては、なるほど、証拠上、(ハ)、(ニ)のような事実を認めることができる。しかし、同人に関しては、次のような注目に値する事実も認められる。すなわち、前記②の甲山組事務所でのナイフの授受は、Bとしては、被告人がナイフを持っているように感じ、刃傷沙汰に及んでは困ると思って、これを取り上げたつもりであり、この時点では被告人がもう一本ナイフを持っていることは知らなかったこと(Bは、捜査段階からほぼ一貫してこのように供述しているし、前記④の事実に照らし、この供述は信用してよいと思われる。被告人も、原審第五回公判期日において、これに符合する供述をするに至っているが、被告人のこれ以前の右認定に反する供述は信用しがたい。)、前記④のとおり、Bは被告人に内緒で右ナイフを女友達に渡しているが、これは、被害者方で話がこじれ被告人がナイフを貸せなどと言いだすと困ると思ったからであり、同人は、被害者方に向かう車中で被告人に対し、ナイフを女に取られてしまったと話していることが認められるのである。これらの事実のほか、前記のとおり、被告人とBの間に被害者殺害に関する話し合いがあったとは認められないことをも併せて考えると、(ハ)、(ニ)の事実から、Bにおいて本件現場に赴く以前に、被害者に対する殺意を有していたとか、被告人が被害者を殺害すると思っていたと推認するのは無理というほかない。なお、Bの検察官に対する供述調書中には、被告人の被害者に対する殺意に気付いていたかのような供述もあるが、これを否定する同人の原審証言のほか、前記ナイフの授受・処分に関する事実に照らし、措信しがたい。結局、Bが被害者に対し事前に殺意を持っていたなどという事実は認められない。これと同旨の原判断は相当である。

3  被告人は本件行為当時の意思に関し、警察に出頭した当日から、(ホ)のとおり、被害者を殺してしまおうと思って、その胸部・腹部を狙ってナイフで攻撃した旨供述し、一時殺意を否定したこともあったが、捜査段階においては、ほぼ一貫して右供述を維持しているところ(原審第三回公判期日においても、二回とも腹部を刺すつもりであった旨供述し、右期日及び原審第五回公判期日において、殺人未遂とされてもやむを得ないと思う旨述べている。)、前記①及び(イ)のような被害者とのいきさつがあったこと、一度ならず二度までも鋭利な刃物で身体の枢要部を強く突き刺したという犯行の態様、被告人は二度目の刺突の前に被害者に対し「死ね」などと口走っていること(被害者の供述によって認めることができる。)などに照らし、被告人の右捜査段階の供述は、ごく自然なものとして了解できるのであって、これを信用するに十分というべきである(なお、被告人の殺害の意図を認める捜査段階における供述を除外しても、その余の証拠から右意図の存在を推認するに十分である。)。

そうすると、被告人は本件行為当時被害者の殺害を意図していたと認めるべきことになるから、その故意の内容は確定的殺意ということになる。したがって、未必的殺意を認めるにとどめた原判決には、この点に事実の誤認があるものというべきである。しかしながら、もともと未必的殺意であっても確定的殺意であっても、同じく故意犯としての殺人罪が成立するのであり、その間の構成要件的評価に径庭はないというべきであるし、未必的殺意といっても、その中には認識ある過失に近いものから確定的殺意に近いものまで強弱様々なものがありうるし、確定的殺意についても、未必的殺意に近いものから事前の周到な計画を伴うものまでこれまた強弱様々のものがありうるのであるから、未必的殺意と確定的殺意の間の事実誤認が一律に判決に影響を及ぼすものと解するのは相当でなく、この点の誤認が量刑に影響するほどの犯情の差を生ずる場合にのみ判決に影響を及ぼすものと解すべきである。本件においては、前記1のとおり事前の確定的殺意までは認められず、殺意の内容に関する原判決の認定と当裁判所の判断は実質的にみてさほど大きな隔たりがあるとはいえず、この点の誤認は、量刑に影響するほどの犯情の差を生じないから、右の誤認は、未だもって判決に影響を及ぼすものとは認められない。

4  Bは、自己の本件犯行当時の意思に関し、検察官に対する供述調書において、(ヘ)に沿うかのような供述もしているが、証拠上認められるBの当初の外形的行動からは、同人はPと共に最初の計画どおり被害者を車内に引きずりこむため玄関ホールの方に引っ張って行こうとしたが、被害者が激しく抵抗したため、被告人に加勢を求めたところ、被害者の態度に立腹した被告人がいきなりナイフで刺したともみうるのであって、一義的に、Bが被告人による刺突行為を予期してこれを容易ならしめたものという推定はできない。次いで、Bは、被告人がナイフで被害者の左胸部を刺突したことを認識していながら、被害者を手拳で殴打あるいは足蹴にするなどの暴行を加えたことは認められるが、被害者は刺された後もBの胸倉を掴んでむしゃぶりついて抵抗しており、右暴行は、そのもつれ合いの最中になされたものであって、必ずしもBの殺意を推定せしめる態様のものではない(なお、Bは、その検察官に対する供述調書においても、被告人の二度目の刺突行為には全く気付かなかった旨述べている。)。Bは、原審証言においては、自己の殺意を否定しているし、前記1、2の証拠関係をも併せ考えると、被告人とBの間に被害者殺害についての現場共謀が成立していたと認めるには合理的な疑いが残るというべきである。これと同旨の原判断は相当である。

しかしながら、原判決が認定した前記のような具体的事実関係のみからも、Bに殺意まではなかったとしても、少なくとも暴行ないし傷害の故意で被告人の本件殺人未遂の犯行に共同加功しているように窺われ、この限度における共謀の事実は関係証拠上優に認められるのであるが、原判決は、罪となるべき事実において、Bとの共謀の事実を全く記載しておらず、法令の適用においても、本件殺人未遂の所為は刑法二〇三条、一九九条に該当するとするのみで、刑法六〇条を適用していないことから、原判決は、本件殺人未遂を被告人の全くの単独犯行と認定しているとみざるをえず、原判決には、この点に事実の誤認があるというべきである。しかしながら、本件公訴事実には、殺人未遂の実行行為としては、ナイフによる二回の刺突及び洋傘での刺突が挙げられているのみであり、これらはそれぞれ被告人及びPがなしたことが明らかであるし、原判決もBの関与の具体的事実関係は判示しているのであるから、右の誤認もまた未だもって判決に影響を及ぼすものとは認められない。

以上のとおり、論旨は結局において理由なきに帰するので、刑訴法三九六条、一八一条三項本文により、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉田治正 裁判官 一之瀬健 安廣文夫)

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